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性愛の無い日常と有る日常の転換点 ―「あなた」の性欲を受け容れるということ―

http://mainichi.jp/select/news/20150205k0000e040142000c.html

若者のセックス離れが統計的に明らかになっているけれど、個人的にもこれはすごく身近に感じることで、というのも、私は一年前までセックスのことを都市伝説のようなものだと思っていた。それなのに、今は当たり前のようにセックスが日常に存在している。そしてその差がどこにあるのかということも私は理解している。性愛の無い日常と有る日常の転換点はどこにあったかについて個人的に思うことを書いてみたい。

性愛の無い日常

異性と付き合った経験が無かった時代の私にとって、セックスのイメージというのはやはりポルノのそれが一番鮮烈だった。ただ、ポルノの標準的なセックス描写である、男優がバコバコ挿入して女優がアンアン言って中出しor顔射でフィニッシュというのは、直観的に「嘘くさいな、これは現実ではないな」と感じていて、ただ、積極的に、では実際はどうなのか、ということを調べるほどセックスについての関心も無かったので、「判断保留」という形で思考停止していた。

セックスについてはとにかく現実味が無かった。まず、他人に裸を見せ合うというのが、羞恥心がどれだけ欠如していれば可能なのだろうかと疑問だったし、私は男性性欲の暴力性について強い嫌悪感を持っていて自らの性欲を抑圧していたので、暴力的にならずに(レイプ的にならずに)セックスするイメージも思い浮かばなかった。

まとめると、セックスが現実に行われるには「DQN」みたいな存在を仮定せねばならず、しかし本当に「DQN」と呼べるような人間が存在するという確信もなかったので、セックスは都市伝説ではないか、しかし、自分が生まれていることからもセックスが実在することは明らかで、ポルノのセックスもセックスであって自分はそれを見ているわけで、では「本当のセックス」とは何か、となると、思考停止する以外に策が無かった。

そんなことだったので、去年の五月に彼女が出来たときも、当初は「夏休みに旅行とかしたらセックスとか出来ちゃうのかな?」等と呑気に考えていたのだけれど、実際は2週間後にセックスした。ここにどういう心境の変化があったのかははっきりと語ることが出来る。

転換点は彼女の性欲が「私」に向けられていることを受け容れられたことだった

私は彼女と付き合い始めてからすぐに恋愛について色々なものを読み始めたのだけれど、一番大きな発見というのは、女性の性欲が思ったよりもずっとはっきりと存在しているということだった。そして、女性の性欲というものを明確に認識できた瞬間、「彼女の声」が以前よりもはっきりと聞こえるようになった。

私はいわゆる「女性的な話法」、言いたいことを直接的に言わずに婉曲的に語る話法をまったく解さなくて、付き合う前、積極的にアプローチを試みてくれていた彼女のプライドを散々に挫き続けていたわけだけれど、彼女の性欲を認めた途端、何の訓練もせずに、そういう話し方が理解できるようになった。

分かってしまえばそれ程難しいことではなかったのだ。確かに「あなたのことに興味がある」とも「あなたのことが好きだ」とも「あなたとセックスしたい」とも言わないわけだけれど、かと言ってミステリーのような推理力を要求するほど遠回しな言い方をしているわけでもない。童貞の「好き避け」よりはよっぽど分かり易いと思う。彼女はすぐにでも私とセックスしたいと遠回しに、しかしはっきりと言っていた。だから私も安心してセックスに臨むことができた。