はてな民が選ぶ傑作漫画ランキング

上の増田のブコメページに挙げられた漫画でランキングを作ってみた。

集計ルール

  • 2018/06/07 17:00現在、881usersの段階でカウント
  • 増田本文で挙げられている作品を含む
  • ジョジョなどはシリーズで1作品扱い
  • 1ユーザーにつき1作品に1票までカウント
  • 20票以上の作品のみ集計

Macで指定したディレクトリから壁紙をランダムに設定するスクリプト

Windows 10にはDailyPicという、Bingのトップページにある日替りの写真をフルHD画質でダウンロードできる楽しいアプリがあることを以前紹介した。この記事では、PowerShellを使って集めた画像をランダムに壁紙に設定する方法を紹介したけれど、最近はMacを使う機会が多いので、Macで壁紙をランダムに設定するスクリプトも書いてみた。

上記の記事を参考に、MacJavaScriptで自動化する"JavaScript for Automation (JXA)"で書いてみる。

ターミナルから下記のコマンドでスクリプトを実行できる。これを.bash_profileに書いておくと、ターミナルを起動する度に壁紙がランダムに変更されるようになる。


その他の参考記事


疑問点

  • .bash_profileをこのような目的に使用するのは適切か。
  • 試行錯誤して、findコマンドで文字列として返って来る画像ファイルのパス一覧を、pic.split(/\r/)で配列に変換できることを見つけたけれど、何で/\r/でできるのかよく分からない。改行だったら/\r\n|\n/で分割できそうだけれどできなかった。

上記の2点について教えていただける方がいらっしゃったらぜひコメントしてください。

『逃げ恥』から考えるこれからの恋愛・共同生活の有り方

前回の記事では、ラブコメとしての『逃げ恥』の良さについて書いた。

『逃げ恥』には、現代の恋愛や共同生活の有り方を考える上でヒントになるポイントがいくつかあったように思うので、今回はその点について書きたい。

コミュニケーションできる関係

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上の画像は序盤の2巻からの引用だけれど、平匡は純粋非モテの段階から一貫して、コミュニケーションできる(話し合える)、みくりと共に問題解決してゆけるパートナーとして描かれている。

共働き世帯の増加に代表される、昭和的な男女の性役割分業から脱した現代の共同生活においては、家庭経営においてあらかじめ決まっている役割というものがないので、常に話し合いをして、お互いの意思を擦り合わせることが必要になる。その点で、曖昧な感情の察し合いに頼らない、言語的に明確なコミュニケーションのニーズはこれまで以上に高まっていると言えるだろう。

スキンシップの安心感・リラックス効果

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『逃げ恥』はハグのシーンが多く、描写が濃いところに特質がある。また、スキンシップのもたらす安心感やリラックス効果について明確に言及されている。逆にセックスの描写はかなり淡泊だ。

夫婦の性的接触というとすぐにセックスレスがどうのという話になりがちだけれど、挿入の有無に主に着目する自意識マウンティング的な性愛観を脱して、日常のQOLを確かに向上させるものとしてのスキンシップの価値に着目すべきではないか、というのは私も常日頃考えていることだ。

性的消極性の評価

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1巻でみくりは、親族に結婚の挨拶をした際に、「みくりちゃんは平匡のいったいどこがよかったの?」と問われ、いくつか列挙した最後に、上の画像のように答えていた。

ここでは、「性的消極性=安心感」と明確に肯定的に捉えられていることが分かる。逆に、暗黙裡に性的積極性は安寧を乱すリスクと捉えられていることが分かるだろう*1。現代では、この感覚は既に女性だけではなく男性も「自分のこと」として分かって来ているのではないか。BL文化の発達等の影響で、女性の男体に対する性的消費のナマの圧力を感じている男性も多いはずだ。

カトリーヌ・ドヌーヴを含め100人の女性が主張したこと: 極東ブログ

レイプは犯罪です。しかし、しつこかったり下手くそだったりしても女の気をひこうとする行為は違反ではありませんし、女をくどくことは男性優位主義の攻勢でもありません。

上掲の、#MeToo運動への批判として「(つたない性的アプローチで)迷惑をかける自由」を擁護したドヌーヴらの文章が最近話題になったけれど、私の正直な感想は「そういうのいらないから」というものだった。相手に迷惑をかけるナンパ野郎になれる「自由」を認められても、そんな自由は行使せずに済む人生にしたいとしか言いようがない。

SNSの発達もあり、人間の繊細な感情の動きが逐一公開されている社会で、私たちは他者を傷つけることに敏感になっている。ドヌーヴのような旧世代の人たちに「迷惑をかける自由」を認められたところで、躊躇いもなくその「自由」を行使できるのは一部のマッチョな世界線の住人に限られるだろう。

なので、これからの恋愛の有り方は、限りなく「迷惑をかける」局面を少なくできるようになるのが望ましい。そのための方法として、

  1. 社会に浸透しつつある女性の性的能動性、男性の性的受動性を認識し、男性性欲の能動性に過剰に依存した恋愛観をアップデートする
  2. 『逃げ恥』の契約結婚のように、交際未満の恋愛的駆け引きをカットして直接共同生活のメリットにアクセスできるシステムを考える

私はこの2つのアプローチがあると考えている。

しかし、特に2つ目については、現状多くの人に採用されるほど有効な試みは実現されていないと感じる。『逃げ恥』の方法をそのまま採用するにしても、家事代行者を雇えるほど高収入の若年男性という条件で既に現実味が薄い。

このような現状から、そもそも恋愛や特定の性的パートナーとの共同生活を人生に必要な選択肢としてみなさないという方向性のアプローチも必要になってくると思われるけれど、その点についてはまた別の機会に語ることとしたい。

*1:『逃げ恥』は本編を通して性的に積極的な描写が控えめな作品と言えるだろう。イケメン風見との三角関係が描かれる中盤では、風見が半ば強引にみくりに迫るテンプレ展開が予想されたけれど、最後まで風見は紳士なキャラだった(百合との関係でも、壁ドンも壁ドンしただけだったし、「あなた僕が絶対自分に欲情しないと思ってるでしょう」と言った時も百合との距離は1m以上離れていた)。

新時代の「都合の良さ」を詰め込んだ『逃げ恥』の魅力

あまり自分には合わない気がして敬遠していたけれど、『逃げるは恥だが役に立つ』を読んでみたらすごく面白かった。

何となく敬遠していた理由として、「家事代行で契約結婚」、「高収入で清潔感のある非モテ」とかの上辺の要素を見て、「女性にとって都合が良いファンタジーを示しただけの作品なんじゃないの」と決めつけていたというのがある。実際読んでみて、「都合が良いファンタジー」というのは確かにそうだったけれど、ラブコメとしての「都合の良さ」の詰め込み方が予想を上回る水準で完全に持って行かれた。また、これからの時代の恋愛や共同生活の有り方を考える上でも見るべき点があったと思う。この記事では『逃げ恥』のラブコメとしての良さについて書き、次の記事では、『逃げ恥』から考えるこれからの恋愛・共同生活の有り方について書きたい。

2人だけの秘密の関係

『逃げ恥』は大学院で心理学を学ぶも就活で全滅し、派遣社員として働くが1巻冒頭時点で派遣切りを食らっている求職中の主人公森山みくり(以下みくり)が、30代後半高収入清潔感のある隠れイケメン眼鏡童貞SEの津崎平匡(以下平匡)に、家事代行業として雇われるところから始まり、みくりの環境の変化をきっかけとして、各種控除等のメリットを得るために雇用関係のルールを厳密に取り決めた上で事実婚の届け出を出すというのが序盤の流れだけれど、お互いの親族や平匡の会社の同僚には、世間体を意識して普通の結婚をしているかのように通しているので、その関係が周囲にバレるかどうかにちょっとしたドキドキ感があり、実際に割とすぐに平匡の会社の同僚にバレる。

王道の三角関係

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平匡の会社の同僚風見にみくりたちの結婚の実態がバレて、そこからラブコメ王道の三角関係が始まる(平匡も風見もみくりのことが好き)。この風見というのが一見ドライで冷酷な量産型イケメン感を出しつつ、妙に生真面目で誠実なところがあり、過去の恋愛経験にトラウマあり、という平匡同様要素詰め込みまくりの人物で、この三角関係が展開される中盤がラブコメ的な強度としては一番熱い。画像の「津崎さんから聞いた?僕と津崎さんでみくりさんをシェアしようっていう話」に「えーっ!?これからどうなっちゃうのー!??」と思ったのは私だけではないはずだ(割とどうにもならないのが『逃げ恥』の良さであったりするのだけれど)。

初々しさ溢れるみくりと平匡の関係

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平匡は女性に対しての積極的な行動を完全に封印している交際経験ゼロの純粋な非モテで、みくりがリードする形で2人の関係は進展するのだけれど、みくりも大学生の頃に一度交際経験があるのみで、決して恋愛慣れしている訳ではないところに絶妙な初々しさがある。画像の初めてハグしたときの女の人が良い匂いだったとか、頭が性感帯でぞわわわわわとか「はぁー、そんなときもありましたね」って感じになる。

消極的非モテの平匡をリードするみくりが可愛い

私が提唱している概念に「消極的非モテ」というものがあるのだけれど、平匡は典型的な消極的非モテ(本当は恋愛してみたい気持ちがあるけれど、これまでの失敗経験からどうせ上手くいかないと考えて恋愛的に積極的な行動は一切取らないようにしている)で、リアルだとこのタイプが脱非モテするのには相当に強い運が必須となる(自発的な努力による脱非モテの可能性が無いので)。

みくりは、大学院で心理学を学んだ経験から、平匡の特質を、恋愛で適切な成功体験を積めなかった故の自尊感情の低さが原因と分析し、まずは「契約としての恋人関係」を提案し、月2の定期的なハグから始めて徐々に平匡の脱非モテをうながしてくれる。

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好意や感情の表明も言語的に明確に行ってくれるので、変にうがった迷いが生じることもない。まさに消極的非モテの救世主的存在と言う訳だ。

…身体もふわっとしていて抱き心地が良さそうだ。

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『逃げ恥』は平匡視点で物語が進む場面も多くあることもあって、30代後半高収入清潔感のある隠れイケメン眼鏡童貞SEの平匡がファンタジーレベルで都合の良い存在であることは間違いないけれど、平匡視点のみくりもかなり都合の良い存在であることが読者に伝わるようになっており、その点で「都合の良さの男女平等」とでも言うべき事態が生じている。

ここまで見て来たように、『逃げ恥』はギリギリリアリティを維持できるレベルで都合の良い設定が詰め込んであって、現代のラブコメとしての強度が高い。

次の記事では、『逃げ恥』から考えるこれからの恋愛・共同生活の有り方について書きたい。

無職になったので雇用保険(失業給付)と国民健康保険・国民年金の手続きをして来た

11月末で仕事を辞めたので、ハローワーク雇用保険(失業給付)の手続き、市役所で国民健康保険国民年金の手続きを行って来た。

手続の詳細は他のブログや行政のサイトなどが参考になると思うので、私の今回の手続きで印象に残った点について簡潔に書きたい。

雇用保険

「特定理由離職者」の認定は、医師の診断書があるだけでは厳しい

失業給付は、解雇などの会社都合の離職の場合すぐに給付される一方で、自己都合で離職した場合給付されるまでに3か月間の待機期間(給付制限)がある。

ただし、以下のハローワークのサイトにあるように、自己都合であっても、やむを得ない理由で離職した「特定理由離職者」と認められた場合には、会社都合の場合と同様に給付制限なしで受給できる。

ハローワークインターネットサービス - 特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要

体力の不足、心身の障害、疾病、負傷、視力の減退、聴力の減退、触覚の減退等により離職した者

私の場合、辞める直前は仕事のストレスで体調不良に陥っており、心療内科で11月に「11月末日までの休養を要する」と書かれた「適応障害」の診断書を貰っていたけれど、実際には特に休むことなく11月末まで勤務していた(会社を辞めると決めた段階でストレスが大幅に軽減されて体調が回復していた)こともあり、この診断書だけでは特定理由離職者の認定を与えるのは難しいと言われた。

ただ、そう言われても納得できなかったので、適応障害の特性(ストレス因子が除かれれば回復する)を説明し、やむを得ない理由で辞めたのは嘘ではないとハローワークの担当職員に説明したところ、医師による職務継続が難しい状態だったという証明があれば認定できると説明された。また、仮に私が診断書を貰った直後に休職して、その後退職したとしても、ハローワークで所定の書面を受け取り、医師に記入して貰うステップは必要だったようだ。特定理由離職者の認定が必要な場合は、離職まで継続的に通院し、医師に必要な書類を書いて貰いやすい関係を維持することが望ましいと思われる。

私の場合は、直近の生活資金は足りており、特定理由離職者に認定されても3か月の給付制限以外の給付額、給付日数に違いはないことから、またわざわざ心療内科に金を払って証明書を書いて貰うのも面倒だったので、通常の自己都合で手続きを進めることにした。

給付額の計算方法

肝心の給付額だけれど、私の場合、90日分合計で539280円(基本手当日額5992円)貰えることになった。結構多い。

離職票に記載されている直近の6か月間に支払われた賃金(各種手当等込み、控除前)の合計を180で割ったものを「賃金日額」とし、賃金日額の高低によって定まる給付率をかけたものが基本手当日額となる。

離職時の年齢が30歳未満の場合は、下記の表のように給付率が定まる。

賃金日額 給付率 基本手当日額
2470円以上4940円未満 80% 1976円~3951円
4940円以上12140円以下 80%~50% 3952円~6070円
12140円超13240円以下 50% 6070円~6710円
13240円超 - 6710円(上限額)

私の直近6か月間の賃金合計は1926977円(月平均約32万円)で、賃金日額は、

1926977 / 180 ≒ 10705(円)

となるので、表に従うと、給付率は「80%~50%」となる。80~50と言われて、実際の率がどうなっているのか担当職員に聞いたけれど、PCで計算しているのでよく分からないという趣旨の回答をされて少しもやっとした。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11607000-Shokugyouanteikyoku-Koyouhokenka/0000170451.pdf

帰ってから調べたところ、上記厚生労働省の資料に詳しい計算式が載っていた。50~80%の部分の給付率の計算には、賃金日額をwとして、下記の計算式を用いるらしい。

(24140 - w) / 24000

単純に賃金日額に比例して給付率が小さくなるようだ。

せっかくなのでPowerShellを電卓代わりにして基本手当日額を求めてみる。

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四捨五入して5923円じゃないか!不正だ!!と一瞬思ったのだけれど、上掲の厚生労働省の資料をよく読んだら、「端数処理については、1円未満を切り捨てる」と書いてあった。厚生労働省のサイトのどこに計算式の資料が置いてあるのかは非常に分かりにくいけれども、見れば書くべきことはちゃんと書いてあるという印象。

国民健康保険

直近では、12月から来年3月までの4か月分、約44000円の保険料を2回に分けて払うことになった。

国民年金

私は結婚していて、妻はフルタイムで働いているので国民年金の免除は認められないだろうと思っていたけれど、妻が10月に転職(離職後間を置かず就職)したと伝えたら、妻の離職票と私の雇用保険受給資格者証を持って来たら今年度分の支払い(来年6月までの7か月分)を全額免除してくれるとのこと。ちなみに、妻の離職の実績がなくても1/4免除してくれるらしい。全額、3/4、半額、1/4の4段階の免除があり、全額と1/4免除ではまったく違うように感じるけれど、どういう制度なのだろうか。詳しく調べてみたい気もするけれど、面倒臭さが勝る(分かる方いたら教えてください)。

通勤定期の払い戻し

http://railway.jr-central.co.jp/ticket-rule/rule55.html

辞める際に会社の人に通勤定期は払い戻せると聞いたので払い戻して来た。1か月単位切捨で払い戻し。手続きしたら定期は無効になるので、1か月の期間ギリギリまで活用するとお得かも知れない。

2chに現れたデリヘル経営関西弁仕手株投資家の投資哲学

どうすれば勝てるの?おしえてくれ! [無断転載禁止]©2ch.net

最近は株式取引の投資手法や投資哲学についてのテキストを読むのにハマっていて、2chのスレなども色々と読んでいるのだけれど、上の2016年のスレに印象的な関西弁の語り口で独自の投資哲学を展開する人物がいたので、彼の言葉を見てゆきたい。

ゴールを明確にする

相場と限らず成功者はな、ゴールが明確なんよ。

(中略)

体を動かすのでも、ただ散歩するのとバット振るのとじゃ違うやろ。
健康の為にウォーキングするのか、プロの一軍で活躍して金儲けする為にバット振るのか。
目的は健康か、金か。

野球に限定しても、ホームラン打ちたい人間がイチローと同じ練習しても意味ないやろ。
しょぼい奴は、人生でも相場でもゴールが曖昧なんや。
本人が何をしたいか分かっとらん。

自己を認識できてへんのに、自己実現はでけへんやろ。

勝つ奴はゴールが明確や。
だから、スタイルもはっきりしとる。

色々な勝つスタイルがあるが、勝ち組は自分の一つのスタイルを確立しとる。
ある分野に限定し、ある方法に限定し、ある銘柄に限定している。
専門分野をもっとるんよ。

(中略)

俺のスタイルは仕手銘柄専門で、これも投資の教科書では駄目だと書かれいる。
けど、俺はこれに特化して勝ち続けてきた。
トヨタユニクロのチャートや決算書なんか見たことないわ。

俺が仕手専門にしたのは、ゴールが「種を1年で1.5倍から2倍にしつつ、長期的に勝ち続けられる方法の修得」やったからや。
プロでも年利10%20%や。
株をやっている奴の80%は長期的には負けとる。

(中略)

1はんのゴールはなんや?

株で勝ちたいです、これあかんのよ。曖昧すぎる。

私も5月から500万円を元手に株を始めたけれど、ゴールはあまり明確になっていないことに気づかされた。理想を言えば、配当金で食べていけるまで資産を増やしてセミリタイアすることだけれど、そこに本気で目標設定すると身に余るハイリスクな手法を選択せざるを得なくなる。ゴールを明確に定めるとは、簡単そうで簡単なことではない。ちなみに、この方のゴールは、

もっと言えば、なぜ株で勝ちたいのか、いくら勝ちたいのか、買った金で何を買うのか。
年金が不安だから、そのケアの為なら、インデックス長期でええ。
俺は自営する金が欲しかったから年利50~100%を目指した。
年利5~10%じゃあかんかったんよ。

俺は人に命令されるのが苦手やねん。
職歴もすぐに職場を辞めるからボロボロや。
それと女が死ぬほど好きやねん。
結局、金持ちになってもベンツやタワワンやブランド物の服やロレックスに興味ない。
食事の餃子の王将や秋吉でええ。
俺の場合は金持っても女にしか使わんなと。

自分が本当にしたいこと=自分のゴール=人に命令されんと自由に生きること+いい女を抱きまくれる人生

やと、明確にしたんや。
命令されんと生きるには、自分が社長になるしかない。
女を抱きまくりたいんやったらデリヘル経営にしよかと。

ということらしく、既に実現できているようだ。私も社畜を辞めたいと常々思っているけれど、これほどの覚悟は正直ない。

バリュー投資の優位性

それと、ファンダメンタルは成長や未来の予測では、ほとんと意味がない。
割安さ、小型株効果、倒産リスクの高さを見る場合は、ファンダの意味があるよ。

日経が調整して大人しくなったけど、猿でも勝てる官製相場の時に、「成長ストーリーを読んで収益バリュー銘柄を買う」系の連中が息巻いとったやろ?
収益バリューて要するにグロースなんやけど、彼らはグロースという言葉に拒否反応を示すんや。

これグロース投資家だけじゃなく、テクニカルトレーダーもそうなんやけど、自分の手法の弱点から目を逸らす。
統計でグロースはバリューよりパフォーマンスが低いと、アメリカでも日本でも出たから、グロースという言葉を嫌がって、収益バリューとかいう変な言葉を作ったんや。
「バリューだグロースだという分けること自体がおかしい」とか、謎理論を主張したりする者もおるね。
自分に不利な統計やエビデンスから目を逸らすんやな。

で、この手の猿は日経の大きな調整で、ポートフォリオが炎上して、2ちゃんからやブログからも消えてくれたんやけど、成長予測するファンダはあまり意味がないんよ。
インサイダー情報を持っている経営陣や、ハーバードで博士号を取り、個人投資家よりも圧倒的な情報、スーパーコンピューター、組織力を持っているファンマネの予測が当たり前のように外れとるからね。

経営に一番詳しい経営陣が下方修正しまくっているのに、個人投資家がパソコン一台と、四季報と、近所の居酒屋に行ってメニューを見る程度で、未来を予測できたら苦労はないんよ。
ピーターリンチやバフェットの影響なんやけど、あれもアメリカ株はまともな銘柄を現物長期で持てば勝てたから。
それだけ。

統計ではグロースよりバリューした方がもっと勝っていたと出とる。
だけど、リンチやバフェットを信じているアホは多い。
ブレイクアウトと同じで、グロースも高値買いなんやが、高値買いとは今ホットな銘柄が多いんよ。
大衆が群がっているから高値を付けているわけ。

脳が焼けるんやな。大衆が見向きもせん銘柄をそっと仕込む(仕手筋の手法やバリュー投資家の手法)のは、地味やからの。
ほとんどの投資家は高値買いをしたがる。その脳の焼けが先にあって、後付けで収益バリューとかテクニカルとかブレイクアウトという手法を無理やり有効性があると思い込んでいるんよ。

先に結論ありき。熱い銘柄を買って痺れたい!という欲求がある。手法は後付けなんやな。だから負ける。

私もテクニカル指標は見ずにファンダのみバリュー投資のスタイルでやっているので、この辺りの言葉には勇気づけられた。

弱点をケアする

手法を磨くときは弱点から目を逸らさないこと。
一つの手法に特化することや。

(中略)

るろうに剣心って漫画の主人公が抜刀斎と呼ばれる抜刀術の達人なんやが、抜刀術って躱されると、自分がノーガードになって危ないんよ。
一撃必殺の大技やから威力が抜群やが、躱されたときにヤバイ。

それを知っているジンエとかいう敵キャラに抜刀術を躱されるわけやが、主人公は抜刀術を躱された後に、左手で鞘を持って第二撃を叩きこんで、弱点をケアしていたわ。
そこで言ったセリフが

「抜刀斎の名とは、抜刀術の弱点を誰よりも知っているという意味でござる」、みたいなことを言っていた。

ハイリターンを求めるならリスクが高まる弱点がある。
それをケアできるのがプロや。
俺は仕手銘柄、小型株、低位株、ボロ株のリスクを誰よりも知っとる。

そこがリスクや弱点から現実逃避している、信用デイトレやグロースのアホらとちゃうんよ。
もし、俺はグロース打ちになれば、グロースの弱点を誰よりも知り、それをケアする方法を考え抜くやろうね。

リスクや弱点から目を逸らすなら、欧米先進国のインデックスをドルコストしたらええんよ。
どっちかや。
プロとして修羅の道を進むか、アマとして安全に生きるか。
中途半端な奴は食い殺される鴨や。

突然『るろうに剣心』の上手い喩えが出て来て笑ってしまった。確かに弱点を直視するというのは難しい。私が今採用している投資ルールは損切りが遅くなるのが弱点だと分かっているのだけれど、克服する方法が思い浮かばないので見ないふりをしているのが現状だ。

対戦相手の存在を意識する

株を打つときはな、どれが上がるかとか、成長とか、割安とか、世界情勢とか、色々と分析するわけや。

だけどな、素人が分かっとらんのは、『相場を打って勝つ=誰かを負かす』なんよ。
もっとはっきりと言えば、

『他人の損切りが自分の利益になる』んや。

自分が勝つには誰かに損してもらわんとな。
あんさん、1600円で買ったとき、「俺のこの1600円の買いは、誰かの損切り売りだな( ̄ー ̄)ニヤリ」と、考えて買ったか?
そんな発想すら無いやろ?

利益確定するときも、「俺のこの利益確定売りは、買った鴨の高値掴み(=含み損からの将来の損切り)やな( ̄ー ̄)ニヤリ」と、思えるタイミングで売るんやで。

(中略)

鴨が売る時に買い、鴨が買うときに売る。
要するに、

『全く同じ銘柄を、全く同じ世界情勢で、売り買いしても、勝つ奴は勝ち、負ける奴は負ける』わけや。

銘柄選びとか、成長性の予測とか、世界情勢の分析うんぬんもええんやけど、同じ銘柄、同じ地球の同じ時代なのに、喰う者と喰われる者に分かれるんやで。
素人は鴨を喰う発想が皆無なんよ。

(中略)

ピコピコとPC画面を見ているから、敵プレイヤーの存在を忘れるんやろうね。

(中略)

株は博打や。
つまり、相場を打つとは、鴨を食い殺す作業や。
まず、それを頭に叩き込んでから、銘柄分析や世界情勢の分析うんぬんなんよ。

株の熟練者にはこういうことを言う人が多い気がする(cisも似たようなことを書いていた)。一方で、今の私にはこの感覚はまったく分からない。場中の板の動きはあまりにも速く機械的で、背景に人の存在や感情を読み取れる気がしない。

ここに引用しただけでもかなり長いけれど、他にも色々と面白い話が展開されているので、気になった方には元スレを読みに行くことをお勧めしたい。

牛乳石鹸CMに見る夫婦の不和とコミュニケーションの欠如

最近電通関西支社企画・制作牛乳石鹸のCMが炎上した。

今回の炎上は激しい批判だけではなく、擁護的な意見も多く出て、色々な論点があり興味深いのだけれど、夫婦間のコミュニケーションの問題について、私も感じたことがあったので書いてみたい。

CMに見た私の両親の不和の原因

牛乳石鹸のCMとその批評を見て、自分の両親の関係性について長年感じて来たことと関連するものがあった。

私の両親は、何だかんだ言って今まで上手くやっていると言えると思うのだけれど、喧嘩が非常に多かった(多分今でも多い)。その喧嘩のパターンが、「母がキレて、父が無視し、更に母の怒りのテンションが増大する」というもので、父も、牛乳石鹸の動画の夫のように、自分の気持ちを言葉にすることをほとんどしないタイプだった。

そのことと関連して、下のようなやりとりを見た。

この下のツイートはもう完全にあるあるというか、父は、突然意味もなく不機嫌になり、その理由を説明しないということがしばしばあり、そういうときはその態度に母がストレスを感じ、喧嘩になることが多かった。父が不機嫌になった理由については父の口からはまったく語られないので察するしかないのだけれど、「何となく家庭内で自分が軽視されていると感じたので、不機嫌になることで存在感を主張してみた」というのが、私の中での解釈としてはしっくりくる。

私と妻の場合 ―コミュニケーションを諦めないことの効能―

私はそういった両親の様子を見て来て、夫婦なのに仲が悪いのは嫌だなと漠然と感じていた。牛乳石鹸の夫は昔気質の「背中で語る」父親像への憧れを回想していたけれど、私は何も語らず、母に怒られっぱなしの父のようにはなりたくなかった。

ところが、私も去年妻と一緒に暮らし始めた最初の頃は、妻に激しく怒られまくっていて、完全に父と同じ道を歩みかけていた。そして、詳細な経緯はここでは省くけれど、今はほぼ理想的な状態で仲の良い夫婦生活を送れている。

困難な状況を克服できたのは、私がコミュニケーションを諦めなかったことが大きいと感じている。

牛乳石鹸のCMでは、夫は誕生日パーティの日に飲んで来た理由を説明しない。妻の電話を無視し、帰って来て怒る妻を無視し、風呂に直行する。そしてその後、「さっきはごめんね」の一言で妻はあっさりと許し、平穏な家庭が回復するという展開だ。

しかし私が母や妻を見て来た経験で言えば、このような態度は火に油を注ぐだけだ。「さっきはごめんね」と言ったところで、一体何に謝っているのだという話になる。風呂に入る前は詰め寄る仕草を見せた妻が、「さっきはごめんね」の一言にこっくり頷いて許すのは、リアルな夫の描写とは対照的に、この妻のキャラクターが物語展開に都合の良いハリボテとして作られているのではと疑わせるものだった。

私と妻の場合も、私が妻の理解の範疇を越えた行動をとり、妻が怒るということがある。その際、当初不穏だった頃は、妻はそういった行動に至った私の立場や事情を理解しようとせず、自分の価値観の正しさを根拠として一方的に怒り続けるという感じだった。しかし、私は自分の立場を言葉にして伝えることを粘り強く続け、妻の側でもそういった私の言葉を聞く気持ちがあったので、今では、妻が怒ることはあっても、謝罪の後に事情を説明すれば理解してくれて、すぐに穏やかな態度を取り戻してくれる。

だからこのムービーの「夫」は、もう話そうとしていない。妻からの電話にも出ない。自分の家族が何だかすごく居心地の悪いものになっている。でもそれは随分昔のボタンの掛け違いが、少しずつ積み重なってこうなったものだ。明確に悪い人や悪いものがあって、それを取り除いたら良くなるってものでもない。どうにもならない。こういう絶望を抱いている人、絶対この国にたくさんいますよ。

でさあ、今の日本では、「これってつらいよ、つらいよね」と言うことすら許されないんでしょ?「子どもの誕生日なのに何ふてくされてるの?そんな程度の育児分担も禄にできないの?こっちの方がつらいことが分からないの?これだから男は......」でしょ?どうすりゃいいのさ。そりゃ、「一生独身でいい」「二人目はいらない」が増えますよ。

なので、この増田に書かれているようなことには共感を示しつつも、「どうせ話したって伝わらない」というコミュニケーションの放棄が、関係の修復し難い悪化に繋がるのではと思うのだ。

最近の世の中のコミュニケーション至上主義的な傾向には警戒したい部分もあり、難しい話なのだけれど、私の経験からは、コミュニケーションを諦めないことの有効性というのは確かにあると感じている。