人の心の花の色は見えるのか ―小野小町「色見えて」歌の清濁説再考―
「小野小町「色見えて」歌の清濁説再考 ―「て」と読むか「で」と読むか―」という卒論を提出した。小野小町の「色見えて」歌の清濁説を検討するものだ。論文は実証的なアプローチで書いたけれど、せっかくなので、ブログ的評論形式で研究の意図を紹介してみたい。
この歌について、「色見えて」の「て」を「て」と読むのか、「で」と読むのかという議論がある。
まず前提知識として、『古今集』の短歌のオリジナルは、
いろみえてうつろふものはよのなかのひとのこゝろのはなにそありける
こういう風に、すべて平仮名で書かれていたと考えられている。今残っている写本は、適宜漢字に直されていて、例えば最も信頼性が高いとされる藤原定家自筆の伊達家旧蔵本だと、
色見えてうつろふ物は世中の人の心の花にそ有ける
こういう表記になっている。今重要になってくるのは、こういった仮名文学に濁点が存在しなかったということだ。音声としては当時の日本語にも清濁の区別はあったのだけれど、平仮名の清濁を書き分けることはなかった。こういう表記は現代人にとっては読みづらいので、「色見えて」歌は、現代の本、例えば角川文庫の『古今和歌集』だと、
色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける
(色に現れずにあせてしまうものは、世の中の人の心の花なのであった。)
こういう風に、濁点を振った本文に現代語訳を付けて書かれている。現代語訳を見れば分かるように、「で」というのは打消(「ずして」の転とされる)の助詞で、「色見えで」というのは、色に見えないで、という意味だ。
この現代語訳、いかにもなるほどなという感じで、実際解釈として間違っている訳ではないのだけれど、この歌の本来の魅力はこの現代語訳の内容に留まるものではない。
「て/で」の対応構造
まず、この歌には「人の心」と自然の「花」の対応関係があって、色に見えないでうつろう(気持ちが離れてしまう)「人の心」と読むにしても、
色見えてうつろふものは世の中の(人の心の)花にぞありける
色見えでうつろふものは世の中の人の心(の花)にぞありける
このように、「て」を「花」に対応させると、「色に見えてうつろう花、色に見えないでうつろう人の心」という綺麗な対応構造が見えてくる。
「て」か「で」のどちらかにしか読めない、というのは近代的な発想で、端的に言って短歌のことをまったく分かっていない人間の考え方だ(こういう雑な言い切りが論文でも許されたらいいのに)。この歌の「て」には「て/で」の両義性があると捉えるべきだろう。
上の「花/人の心」の対応構造で良い読みが出来たと満足するのもありなのだけれど、歌の実際の言葉は「人の心の花」、「人の心」と「花」が混然とくっついてることに注目したい。「人の心の花」は色に見えてうつろうものなのか、色に見えないでうつろうものなのか。
恋心のうつろいは色に見えるのか
まず、この歌は『古今集』の恋五に分類されているので、恋の歌だと解釈すると(実はこの歌の内容は恋に限らないのだけれど、ここでは恋の場合を考える)、人の気持ちが離れてゆく様子は「見えるし、見えない」ものなんじゃないか、という感覚がある。恋愛関係にある者同士だったらお互いの気持ちはある程度察せられるものだし、もちろんそれでも全然分からないこともある。そういう恋についての普遍的な二面性が「色見えて/で」に表れている気がする。というのは、もちろん現代的な解釈なのだけれど、実際に調べてみると、『古今集』の平安時代初期の作品にもそういう恋の様子は見てとれることが明らかになってくる……というような感じで、その他様々な角度から、「花/人の心」についての「色見えて/で」の対応だけではなく、「人の心の花」そのものの内部に「色見えて/で」の対応を見出してみた。
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『古今集小町歌生成原論』は、大塚英子先生三十五年間の研究成果が詰まった最強の小町本。実証的精神と詩的感性が融合し、これまでの研究が十分に明らかにし得なかった小町作品の重層的な世界観が紐解かれる。これを読めば『古今集』小町歌のことは何でも分かってしまう。