「普通の人たちと異常な自分」という自意識からの解放-『ダルちゃん』完結に寄せて-

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『ダルちゃん』が完結した。リアルタイムで読んでいた身としては感慨深いものがあるので、感想を書いておきたいと思う。

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第49話でヒロセと別れてから3話で完結までの流れがやや性急に過ぎた印象もあるけれど、最終話の上の台詞には納得できるものがあった。

異常なのは自分だけではないという気づき

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『ダルちゃん』では、普通の人に擬態しているときのダルちゃんと、「ダルダル星人」状態の素のダルちゃん*2(アメーバ的な姿で表現される)が視覚的に分かりやすく表現され、「普通の人たち」に馴染めない自分の異常性との向き合い方が作品のテーマとしてあったと思う。

作品のほとんどの部分を通してダルダル星人はダルちゃん一人だったけれど、第44話でサトウさんの恋人(後の夫)のコウダが「ダルダル星人」モードで表現され、ダルちゃんにとって初めて自分以外にもダルダル星人がいることが認識される。第45話のコウダの「普通の人なんて この世に一人もいないんだよ ただの一人も いないんだよ 存在しないまぼろしを 幸福の鍵だなんて思ってはいけないよ」という言葉はダルちゃんの世界観を崩壊させるほどの衝撃を与えた。更に、第50話のサトウさんとコウダの結婚式ではより多くの人がダルダル星人として表現される(コウダ曰く「大丈夫だよこんなやつ 意外にいっぱいそのへんにいるんだから」)。そして更に時が経ち、第51話で出版社に転職したダルちゃんの職場の描写では、ダルダル星人モードの社員ばかりの環境の中でダルちゃんは「しっかりした人」扱いされ、逆に少数派となった通常人間モードで描かれている*3。このことから、ダルダル星人かどうかというのは、客観的な事実ではなく、ダルちゃんの自意識の段階によって変化して把握されるということが分かると思う。

それが最終話の、「素の自分も悪くないって思えると擬態も苦痛じゃないっていうか 擬態している姿も私自身なんだなって思えるというか…」という台詞につながる。これはダルちゃんの中で、自分の個性を発揮する部分はプライベートに確保しつつ、職場では適度にキリッと擬態しているくらいのバランスに納得できるようになったということだと想像する。

この最終話のダルちゃんの安定感の背景には、ダルダル星人は自分だけではなく、一人一人個性的な人間がいるのだというような、他者への信頼感が持てるようになったことがあるのではないか。

自意識に閉じた状態は人を傷つける

対して、ヒロセと詩作について揉めた時期のダルちゃんは、この他者の個性を受容できる段階になかった。

プライベートをネタにした詩作云々については、そもそもが大した問題ではなかったはずなのだ。作中の詩の世界が今の日本のリアルの詩の世界と同じようなものだと仮定するならば、そもそも自由詩などはコアなファン層しか読まないマニアックな存在で、会社の人たちに読まれてあることないこと詮索されるというヒロセの心配は杞憂に近いように思われた。

第48話でヒロセが「僕は弱い僕はどうしても 自分自身のコンプレックスに打ち勝つことができない」と述べているように、ヒロセにも人の目を気にして擬態するダルダル星人的な部分があった。しかし、異常なのは自分だけだという自意識に閉じ籠もるダルちゃんはヒロセの弱さに寄り添うことができなかった。

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ダルちゃん自身がこう述べているように、このときはまだ、人と向き合う前に自らの自意識を何とかしないといけない段階にあったのだと思う。

最終話段階でのダルちゃんが当時と同じ問題に遭遇したとしたら、ヒロセの悩みに寄り添いつつも、詩作の自由も確保するような良いバランスのコミュニケーションができたのではないだろうか。

自分自身を振り返ってみて

私も中学生になった辺りから周囲に「変わってる」とか「何を考えているか分からない」と思われることについて自意識の葛藤があったけれど、数年前、妻と付き合い始めたことをきっかけとして、今ではこの問題から概ね卒業することができた。

簡単に言ってしまうと、コウダのように、余裕ある様子で堂々としていれば大体の問題は解決される。自分の人生を振り返ってみると、社会の常識とズレていることそのものよりも、「普通の人と自分はズレている」と思い込むことによって萎縮したり、自分と同様に個性的な他者の有り様が見えないことの方がより重大な人間関係の齟齬を生み出すと感じている。

ただ、自意識の問題が解決されても、環境の問題はやはり大きい。世の中には、人の個性を強く抑え込む環境が多く存在するのも事実だ。その点、ダルちゃんがダルダル星人ばかりの職場に転職して心の安寧を得ている点にも示唆深いものがあると思う。

*1:2018/11/13追記。期間限定で『ダルちゃん』最終52話が公開されていたページがリンク切れとなったので、はてブページに差し替えた。

*2:第2話の幼少期のダルちゃんの描写を見るとADHDっぽさもあるけれど、私は詳しくないので発達障害の観点はこの記事では扱わない。

*3:職場でダルダルしているのが男性だけで、ダルちゃんが通常人間モードで描かれている点について、性差別の示唆があるという指摘(https://twitter.com/kumo_inferno/status/1047889792732524544など)がある。重要な問題だが、非当事者という難しさもあり、この記事ではこの観点は扱わない。